LOGIN後一歩のところで上空に感じた覚えのある魔法陣が闘技場全体を覆う。
お互いに戦闘を瞬時に中断し、
何が起きているのか情報を集めようと周囲を見渡す。(これはユニコーンの時と種類は違うが、同じ奴が起動しているな。
となると魔法が飛び交っていた闘技場の魔力を使ってまた魔物を召喚するつもりか? だがそれならもう対策はある)彼が右手を空に掲げ、自身の知覚できる感覚を広げる。
仮想的に可視化させた周囲の環境を取り巻く魔力を一点に集めるべく、
魔力糸無しで念動魔法を発動させる。だが、彼の思惑通りにはならなかった。
確かに魔術の発動は出来た、一瞬だが周囲の魔力を集めることも。
しかし、魔術の「継続」が出来ない。(これは、消滅魔術か…!)
消滅魔術とは魔法や魔術の発動を検知、
即ち魔力が体外に放出された段階で消滅させる魔術だ。これもまたユニコーンの時と同じ魔術師がやっているのだろうが、
こんな代物扱える人物など世界に数えるくらいしかいないユニーク魔術に近いほど珍しい。ここで始めて事の重大性に気づく。
(どんなに犠牲を払ってでも消したい奴がこの中にいる…!)
足に魔力を込めて垂直跳びをする。
純粋な筋力による跳躍と、魔力による跳躍の付加。その高さおよそ二十メートル。
跳躍しきってから念動魔術による空中浮遊が即座に消滅魔術によって落下を始めようとする。しかし落下を始めるよりも速く、
念動魔術を再度発動。再度、念動魔術の消滅。再度、念動魔術の発動。この消滅と発動の繰り返しを高速で繰り返すことで空中浮遊を維持する。
始めに魔力を集めようとした方法を思い出し、
空中の残存魔力の流れを感知、魔法陣の位置を逆探知する。(一、二、三、四……五個だな)
五か所から魔力を吸い上げており、
星形の頂点を位置する場所に魔法陣が張られているようだ。 観客はまだ彼女との戦闘の最中で彼がルール違反をしたと思っている。空中浮遊を解除し、大会運営に用意されている椅子が集まる上座目掛けて移動する。
この異常事態を伝えるために大会運営席に到着したが、一歩遅かった。
黒衣のフードに身を包んだ連中が、
恐らく毒が仕込んである武器を片手に運営陣を拘束している。それを見た彼は毒武器を魔力糸無しで操り、
毒武器の所有者に向けて刃先を強引に向かわせた。何とか抵抗しようと力を込めるフードを被った賊の抵抗空しく、
自害するように毒武器を自身の身体に突き刺す。即効性の毒だったのか、黒衣の集団が苦しむようにもがき、倒れ、息絶える。
「おかげで助かった」
「切られていないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「そうか、ならここからでいい。
大会の中止を宣言してくれ。 誰が本当に狙われているかまではわからんが、まだ賊がどこかに潜んでいる」「わかった、すぐに放送を行うように放送席に手配する」
「その放送室とやらは、本当に安全なのか?」
「まさか、そこまで賊が侵入しているというのか…」
「可能性はある。この闘技場にはすでに魔法陣が五か所仕掛けられている。
効果はわかっているだけでも消滅魔術。 ユニコーンが出現したことも関わっていると考えたほうがいい」「消滅魔術!?でも君は今魔術を行使して…いや、そんな前から賊が準備を…」
思わず狼狽する大会主催者。それほどまでに消滅魔術は珍しいのだ。
「とりあえず今は避難が先決だ。放送室の他に方法はないのか」
大会主催者は俯きながら
「申し訳ない。私はどうしたら…」
「そうか、なら非難はこちらでやる、あんたらは先に避難してくれ」
「わかった。この件が片付いたら、何かお礼をさせてくれ」
「未来を語るにはまだ早い」
大会主催者に倒れた賊の毒武器を拾って襲い掛かる影が一つ。
その新たな賊は黒衣のフードを被るわけでもなく、大会運営者の一人だった。
難なく新たな賊を念動魔術の重ね掛けで停止させる。
「くそぉ!どうして体が動かない!魔術は封じたはずではなかったのか!」
「こんな風に、内部に賊が入り込んでいることも考えた方がいい」
「どうして、お前が…」
他に賊がはいりこんでいないか目に魔力を集中させ、
全員からにじみ出る自然魔力の揺らぎを確認する。(他に賊は…いないな)
「それで、こいつはどうする?」
「拘束してくれると助かる」
「拘束は無理だが気絶させることはできる。後はそっちで何とかしてくれ」
念動魔術で拘束していた賊の鼻と口周りの空気を固定する。
次の瞬間、呼吸ができなくなった賊は白目をむいて脱力状態になる。ぱっと見は勝手に白目をむいた賊に驚きつつも、
彼の魔術によるものだと納得する主催者一同。すると、いい加減痺れを切らしたのか、大きな声で彼女が悪態をつく。
「ちょっと、いつまでそこにいるのよ」
「じゃあ、あとはこっちで何とかする。あんたらは自身の安全だけを考えてくれ」
「しかし、それでは市民たちが…」
主催者が言い終わる前に、金髪の彼女の元へと降りる。
「貴方、魔術が使えるの?私はこの通信装置が使えないんだけど」
彼女が差し出したのは遠隔との通信が可能になる魔術道具。
仮にこれを換金すれば中央の一等宿泊施設に十日は遊びながら泊まれるだろう。「ああ、俺なら使えると考えてもらっていい。
それよりも今俺が持っている情報を伝える。一度で聞き取ってくれ」観客からは依然として悪態をつく人もいるが、
何かおかしいと感づく人もおり、一目散に会場を後にする危機回避能力が高い人もいる。はっきりいって、パニック一歩手前の状態だ。
「俺は一旦仕掛けられた魔法陣を確認してくる」
「待って」
その場を素早く後にしようとする彼に、
彼女は小さく、それでいてはっきりとした口調で告げる。「私はマリー、中央王族機構、第三王女。王位継承権二位、マリー・トレスティア」
「第三王女!?」
さすがに高貴な方だとは勘づいてはいたが、まさか王女だとは…
「ばか!声がでかい!!」
「すまん。あ、いや、申し訳ございません。」
「そこはいつも通りでいいわよ、ばか」
「で、話を戻すが、その第三王女様は、自分が狙われていると思ったわけだ」
無視。
(ん?なんか気に障ること言ったか?あっ、なるほど)
気づいて言い直す
「マリーは自分が狙われていると思うわけか」
「そうよ」
まだ第三王女様って言ったことを気にしているご様子。
「なら一緒に来るか?ここに一人でいるよりかは安全だろうし」
「いいの?」
「全身骨折しているマリーの先生よりかは役に立ってみせるよ」
「それは貴方のせいでしょ」
お互いに少し笑う。
緩みそうになった空気を引き締めたのは意外なものだった。「あー、これ聞こえている?ゴホン、
闘技場にお集まりの皆さーん!ワタクシ、コワーイ暗殺ギルドの長でございます! これから皆さんにはー? 闘技場からの鬼ごっこにご参加いただきたいと思いまーす!ルールは簡単。各所に魔物を召喚する儀式が施されている闘技場から、
生きて脱出する事。 晴れて脱出出来た方はー、はぁ、何処へなりとも行ってください。 ゲームは終了になってしまいます。しくしく。 まずは魔物一体から鬼ごっこ、開始いたします!」急な放送に戸惑う観客たちだが、まだ放送に半信半疑な様子。
開始の合図をしたはずの放送席の男のような声が、少し苛立った口調に変わる。
「あれ?あれあれ?ゲームはもうスタートしているんですけどねぇ。
これは頂けません…しょうがない、皆さんがそんな態度だからいけないんですよ? 魔物召喚、「全部」やっちゃいな」魔物の気配が一つから五つに増える。
一刻も早く全ての召喚陣を破壊しなければどんどん屍の山が増えていくだろう。
小さな街とはいえ、ほぼ全ての住民達がこの闘技場に足を運んでいると言っていい。 店を休業してまでこの催しに参加しているところも珍しくない。ここでほぼ同時に二人が駆け出す。
(やはり放送室はすでにダメだったか)
「マリー、これから召喚陣を破壊しにいく、
消滅魔術も同じ陣に組み込まれている筈だ」「陣の場所は?」
「大丈夫、全て分かっている。
一番近いところから破壊しにいくが、 奴の言う通り魔物が魔法陣の近くにまだうろついている。俺が魔法陣を破壊するまでの間、魔物の「注意」だけでいい、惹きつけられるか?」
「別に倒してしまってもいいんでしょうね?」
「できるならな」
お互いにフフっと笑うが、ここで彼が釘を刺す。
「だが一箇所だけ、ここから一番遠い場所だがユニコーンよりも強い魔力反応がある。
そいつはこの消滅魔術の状態だと俺も厳しい」「分かった、その魔物だけは貴方に任せるわ。
なら、先に魔物の魔法陣よりも先に消滅魔術の方を何とかした方が良いわね」彼が頷く。
「マリーの先生!近くにいるなら返事しろ!」
「あいあい、ここにいるぜ」
何処からかぬっと出てきた白髪の剣士が彼らと共に走る。
「この木剣をやる、無いよりマシだろ。
アンタは俺達と逆方向から魔物を叩いてくれ。 そっちならせいぜい二段階目か三段階目だろう。 その折れた両腕でも何とかできる筈だ」「簡単に言ってくれるねぇ、まぁ、何とかして見せるさ」
「頼んだ。最後の魔法陣の時に落ち合おう」
「それは良いけどよ、ボウズと嬢ちゃんは木剣だけで戦うつもりか?」
「流石に自分の剣が無いと惹きつけるにも限界があるわ」
「心配ない、そら来た」
こうなるだろうと、遠隔で預かり所からすでに念動魔術でこちらに移動させていた。
彼女の剣は一度見て覚えている。 剣自体に魔力が付与されていたからこういった事態ではわかりやすい。 逆に彼の剣の方が分かりづらい、というより分からなかった。片っ端から様々な剣を手当たり次第念動魔術で移動させてきた。
闘技大会も進み、預かり所には剣自体が少なかったが、 十本はまだあったので全て持ってくる。一斉に向かってくる剣を見ながら人二人は目を丸くしたが、すぐに理解する。
((先生と)(俺と)やった時はまだ本気ではなかった)
マリーは自身の愛刀を手にし、
白髪の剣士は比較的軽めのショートソードを一度は手にしたが、再び木剣に持ち替える。「よし、行こう」
「死ぬなよ、嬢ちゃん」
「そっちこそ」
笑い合い、お互い逆の方向へと走り出す。
走りながらも不安の種が消えない彼を見てマリーが心配そうに声をかける。「宿屋の親子のこと?」
「ああ、この闘技場に来ている筈だ」
気がかりなのは店主の親子だ。
この闘技場まで来ている筈だが、こうも人が多いと個人の特定は不可能。素早く魔物を排除し、魔法陣を破壊する事が結果的に命を救うことにつながる、筈だ。
マリーも心配しているようだが、さすがは王女様。思考の切り替えが早い。
「私も心配だからさっさと片付けて、
お祝い金たっぷりもらって、それで宿屋の皆んなにご馳走してあげましょう」「そうだな」
旧王朝がまだ栄えていた頃、いや、革命により没落する前、レルゲンは庭で遊んで、勉強して、少し昼寝をして、また勉強して。そんな王朝の中では平和と呼べる日常だった。幼い頃は常に両親の言う通りに生活し、決まった事を決まった通りにこなす日々。そんな日々にも疑問は持たずに、二年の月日が流れた頃、ある魔術師が小綺麗な鞄を片手に訪問してきた。「皆さん、本日はお招き頂き恐悦至極。私はナイト、ナイト・ブルームスタットと申します」「ようこそナイト殿、我が王朝へ。さっ、長旅でお疲れでしょう。どうぞお寛ぎを」レルゲンの父が挨拶を返す。普段は自分こそここの主人だと言わんばかりの態度だが、このナイトと呼ばれた人物は、父が畏まった態度に出る程の人物なのだろうか。幼い頃のレルゲンは新鮮な気持ちになり、それは青年になった今でも鮮明に覚えていた。「おや?そちらが“例”の?」「ええ、シュトーゲンになります」初めは父の後ろに隠れたが、勇気を振り絞ってナイトに挨拶を返す。「レルゲン・シュトーゲンです。初めまして」「とっても礼儀正しい子ですね。初めましてこんにちは。今日から貴方の魔術の先生になりました。これからよろしくお願いしますね。シュトーゲン君」ナイト先生の授業はとても難しく、魔術理論に関してはさっぱり理解できなかった。それでも、何日かに一度の課外訓練は楽しかった。「ねぇナイト先生、今日は何を教えてくれるの?」「そうですねぇ、シュット君は座学がまだまだですが、実技が素晴らしいですからね。今日は念動魔術について教えようと思います」「それ知っているよ!お屋敷の人がよく使っている、魔力の糸を使うんでしょ?」「そうです。でもこの魔術は、お屋敷で使える人はいないと思いますよ」「そうなの?どうして?」「魔力で糸を作らず、ただ自分の意思のみで有りとあらゆる“事象の操作”ができる魔術です」「事象の操作?」ニコッとナイト先生が笑う「例えばそうですね。シュット君、今欲しい物はありますか?」「うーん、新しい剣が欲しい!」「それはまた何故でしょうか?」「お父さんが言っていたの。真の戦士は、剣と魔術、どっちも一流?なんだって!」「それは素晴らしい考えですね。私は魔術以外が全くなので、もしそれができるようになったら、シュット君は私以上になれ
次に彼が目を覚ましたのは、闘技大会があった日から三日後だった。「お姉さん!お兄さんが目を覚ましたよ!ほらお姉さんも起きて!」「えっ!彼が起きたの?」机に突っ伏して寝ていたマリーががばっと勢いよく起き上がる。「はしたないぜ、嬢ちゃん」少し呆れながら笑い、差し入れと思われる袋を片手に扉を開ける白髪の剣士。「うるさいわよ、ハクロウ」徐々に意識がはっきりして、全身の痛みに気が付く。手には厳重に包帯がまかれ、全身にも薬草を染み込ませたであろう包帯がグルグルとまかれていた。マリーに起こしてもらい、ゆっくりと座る。「そういえば、アンタの名前、聞いていなかったな」「なんか遅すぎる気もするが。自己紹介をさせてもらうぜ。俺はハクロウ。姓はない。ボウズ、嬢ちゃんを護ってくれて感謝する。あれは俺じゃどうにもできなかった。本当にありがとうよ」「それで?そろそろ貴方の名前を教えてくれてもいいんじゃないの?私の英雄様」少し考える。だが、短期間とはいえ共に過ごした中だ。この人達なら、きっと受け止めてくれる。「俺は……俺の名前はレルゲン、レルゲン・シュトーゲン」場が一瞬凍り付く。だがその場を引き戻したのは、やはりマリーだった。「レルゲン…もしかしなくても「旧王朝」の名よね。学が高いことを言うと思っていたわ」未だに緊張している状態のハクロウ。今ここに剣があったとしたとしたら、恩知らずな行動に走っていたかもしれない。「ハクロウ、彼は経歴はともあれ、暗殺されそうな私を助けたお方よ。控えなさい」「すまねぇ、頭ではわかっちゃいるんだが、どうかしちまってるな。でもよ、感謝していることだけは本当なんだ。信じてほしい」「いいさ、こうなることをわかって俺も名乗ったんだ。気にしないでくれ」「なんか難しくてよくわからないけど、みんな仲良しってことだよね?」「そうよ。みんなで乗り越えた。だから仲良し!」「おいしいところは全部レルゲンが、いや、やっぱりボウズはボウズだわ。このボウズが持って行っちまったがな」「もう!水を刺さないでよね」下の方から賑やかな気配を察してか、女店主が一声かける。「この街の英雄様がお目覚めなのかい?賑やかなのも結構だけどさ、水でも持っていってやんな」「あたし行ってくる!」元気に階段を降りていく店主の娘。どうやら宿屋の親子
「貴方の企みは潰させてもらったわ」「お前に話すことは許可していなぁぁぃいいい!!!この卑しい雌豚がぁ」今までの口調とは打って変わり、中性的な声からドスの効いた男性の声へと変わる。「いやぁあん、ワタクシッたら。いっけなーい!てへっ?」(上空からすでに投擲していることに気づいたか!勘のいい奴だ)幸い魔物の動きは鈍い、耐久力と、攻撃、防御力が高いタイプだろうことは魔力反応を見ればわかる。闘技場の上空は幸い何も障害となる建物がなく、青々とした空が広がっている。「そこからお退きなさい、アシュラちゃん」(主人の命令には従うタイプだな)「いやねぇ、不意打ちだなんて。せっかくのお祭りなんですもの。もっと楽しみましょ?それに貴方、随分とこちらを探っているようだけど、狙い通りにいくかしらね?」「さあな」投擲された剣がアシュラと呼ばれた魔物めがけて飛ぶが、これを必死に躱そうと動く魔物。空中で自動追尾された無数の剣たちは正確に魔物へと突き刺さる、はずだった。重力と念動魔術を合わせた剣の雨は正確に魔物へと命中したが、体を覆う甲殻のようなものが剣を弾いた。ガキィイインン!!!大きな衝突音が響き渡る。まるで剣と剣が衝突したときに出るような轟音。剣は衝撃に耐えられずに派手に火花を上げて粉々に砕け散り、ユニコーンを屠った時以上の攻撃があっさりと防がれる。残った剣は空中に帯同させていた二本の剣のみ。「あっらぁ?アシュラちゃんが強すぎて、全く攻撃が通らなかったわね?じゃあ次はこっちから行っちゃおうかしら!ここで息の根止めてやるわ、雌豚」「あいつ、殺すわ。二回も、二回も雌豚って言った!」「高尚な術が使えるようだが、用い道がいけねぇ。老体に鞭打つときかね」二人の絶対殺す宣言に、彼は少しだけ引いた。「あら?やる気?この五段階目のアシュラ・ハガマに勝てると思っているのかしら、ね!」五段階目の魔物。中央王族機構筆頭の近衛騎士団が束になってようやく足止めできる強さの魔物と言っていいだろう。その大人数で相手する魔物をたった三人で相手しなければならない。加えて、まだどんな手段で攻撃を行うのかわからない仮面の男。素人目にも、戦況は絶望的だった。言い終わると同時に暗殺ギルドの長らしく黒く塗りこんである暗器をこちら目掛けて投擲してくる。マ
まばらに逃げ始めている観客を避けつつ、もうじき魔物がいる場所まで辿り着いた。魔物が近くなるにつれて、彼らとは逆方向に逃げる観客が増えてくる。それにぶつからないように速度を殺さず向かうと「ガァァァアアアア!!!!」魔物の声が響いている。幸い魔物を避けるように観客が退避はしているが、いかんせん戦闘するには狭い空間だ。魔物が移動したら被害が大きくなるのは必至。(あれはウルフファング…!)「俺が牽制する!その隙に一撃頼んだ」「分かったわ」魔物を視認する。ウルフファングは三段目の魔物だが、近々四段目に昇格するのでは無いかと噂になっている。主な生息域はユニコーンと同じ森の奥地。本来群れで行動することで知られているが今回は一頭のみ。成獣だと思われるが、先程の咆哮といい、まともに音圧を受ければたちまち体が数秒間硬直して動けなくなる。既に躱した観客の中にも硬直し始めている人もいた。今はまだ魔法陣付近にはいるが、いつ動き出しても不思議はない。「また咆哮がくるぞ!」(先程よりも大きい咆哮を出すつもりか)彼らが接近してきたことに対する、臨戦体制に入ったことへの合図。「咆哮は何とかする!構わず突っ込め!」ウルフファングが咆哮を上げるよりも早く、自分とマリーの耳に小さいウォーターボールを出現させ、耳を保護。「きゃっ?!」と驚いたような声を一瞬あげるが、速度は緩めずにウルフファングまで駆ける。加えてすぐに音の衝撃波の直撃を防ぐために、帯同していた十本の剣を横一列に並べる。「ガァァァアアアア!!!!!!!」先ほどとは比べ物にならない音圧でウルフファングの咆哮が響き渡るが、二重に対策された二人は硬直することなく突っ込み続ける。咆哮が終わったとほぼ同時に剣の間合いに入り、下段から垂直に首元へと真っ直ぐ軌道を曲げられた二本の剣が、ウルフファングの首を捕らえたかに見えたが、四段目に昇格が控えているだけあって反応が速い。薄皮一枚を切り裂き小さく鮮血が上がる。上体が逸らされ更に懐が広くなり、この隙間にマリーが素早く潜り込む。戻ったときにはマリーが頭の真下に位置取り、うまく死角に入った。「やぁぁぁああああ!!」裂帛の気合いで死角からの一撃。元々の剣の切れ味の良さも相まってか、滑るようにウルフファングの首が落ち、魔石へと還る。
後一歩のところで上空に感じた覚えのある魔法陣が闘技場全体を覆う。お互いに戦闘を瞬時に中断し、何が起きているのか情報を集めようと周囲を見渡す。(これはユニコーンの時と種類は違うが、同じ奴が起動しているな。となると魔法が飛び交っていた闘技場の魔力を使ってまた魔物を召喚するつもりか?だがそれならもう対策はある)彼が右手を空に掲げ、自身の知覚できる感覚を広げる。仮想的に可視化させた周囲の環境を取り巻く魔力を一点に集めるべく、魔力糸無しで念動魔法を発動させる。だが、彼の思惑通りにはならなかった。確かに魔術の発動は出来た、一瞬だが周囲の魔力を集めることも。しかし、魔術の「継続」が出来ない。(これは、消滅魔術か…!)消滅魔術とは魔法や魔術の発動を検知、即ち魔力が体外に放出された段階で消滅させる魔術だ。これもまたユニコーンの時と同じ魔術師がやっているのだろうが、こんな代物扱える人物など世界に数えるくらいしかいないユニーク魔術に近いほど珍しい。ここで始めて事の重大性に気づく。(どんなに犠牲を払ってでも消したい奴がこの中にいる…!)足に魔力を込めて垂直跳びをする。純粋な筋力による跳躍と、魔力による跳躍の付加。その高さおよそ二十メートル。跳躍しきってから念動魔術による空中浮遊が即座に消滅魔術によって落下を始めようとする。しかし落下を始めるよりも速く、念動魔術を再度発動。再度、念動魔術の消滅。再度、念動魔術の発動。この消滅と発動の繰り返しを高速で繰り返すことで空中浮遊を維持する。始めに魔力を集めようとした方法を思い出し、空中の残存魔力の流れを感知、魔法陣の位置を逆探知する。(一、二、三、四……五個だな)五か所から魔力を吸い上げており、星形の頂点を位置する場所に魔法陣が張られているようだ。観客はまだ彼女との戦闘の最中で彼がルール違反をしたと思っている。空中浮遊を解除し、大会運営に用意されている椅子が集まる上座目掛けて移動する。この異常事態を伝えるために大会運営席に到着したが、一歩遅かった。黒衣のフードに身を包んだ連中が、恐らく毒が仕込んである武器を片手に運営陣を拘束している。それを見た彼は毒武器を魔力糸無しで操り、毒武器の所有者に向けて刃先を強引に向かわせた。何とか抵抗しようと力を込めるフードを被った賊の抵抗空しく
大会もいよいよ最終戦木剣のみの打ち合いになる相手はどんなお貴族様かと思っていたら「なるほど、相手は君か」「ええ、まず試合が始まる前に謝罪をさせて頂戴。私が有利になるルールに何度も変えさせて」「いいさ、結果は変わらないからな」「ふふっ、貴方そんな冗談も言えるのね」その冗談とは、これほどまでの縛りルールでも勝てると思っているのか。またはそんな減らず口を言えるタイプだったのかと思っているのかは分からないが、お互いに決勝まで駒を進めてきたもの同士。気分が高揚していた。「特別試合、始めてください!」最初に動いたのは彼女の方だった。木剣の種類は彼女の背丈には不釣り合いな長さで、両手で主に扱うロングソードに近い形状。それを片手で簡単に上段へ振りかぶり、飛び上がる。剣本来の重量と、彼女の並外れた膂力。飛び上がってから振り下ろされるまでの間に落下する重力を掛け合わせた、必殺の一撃。一連の動作速度も申し分ない。これをまともに受ければ幾ら彼でも木剣を破壊されて試合続行不可能となり判定負けとなるだろう。だが、巨大な威力を持った一撃を受け流す方法は白髪の剣士との対決でよく「見た」彼女の一撃が彼の剣に当たってから、上体を捻りながら剣同士を滑らせて受け流す。「なっ」(その技は先生の…!)(悪いな嬢ちゃん、技見せすぎた)このまま剣を滑らせながら前進し、彼女の腹に一撃を加えて試合終了かと思いきや、片手で振り下ろされたロングソードを両手で持ち直し、無理矢理空中でガードの体制を作る。木剣同士が打ち合い、彼女が開始位置まで飛ばされるが、これを自慢の膂力で何とか姿勢を崩さない。着地の際によろけるなら、そのまま追撃をしようと準備していた彼だったが、不発に終わる。「貴方、真似っ子は随分とお上手なのね」「そちらこそ、見た目によらず力強すぎるだろ。何食ったらそんな力つくんだよ」「失礼な!食べているものは普通よ!」食べる量について言わない辺り、大飯食らいなのかなと思ったが、その後の展開が容易に想像できたのでやめておく。今度も先に仕掛けたのは金髪の彼女。だが今度は飛び上がらずに地上で細かく攻撃を仕掛ける。彼はまだロングソードの遠い間合いで、あたかもショートソードの用に扱う彼女に対応がやや遅れている。それでもまともに打ち合わず、躱し、いな